「ちいさいあきみつけた」殺人事件

*[ショートショート]「ちいさいあきみつけた」殺人事件

 

 「ちいさいあきみつけた」の歌詞はこわい。なぜ怖いのか?何度か読んでいるうちに、これは事件を告発した詞ではないかと思い至った。

 歌はこんな風に始まる。

 

「だれかさんが だれかさんが だれかさんが みつけた」

 

 誰がいったい何を見つけたのか?

 

「ちいさいあき みつけた」

 

 小さい「あき」を見つけた。可哀そうに殺された、小さい「あき」を。「あき」が姓か名かは分からないが、おそらく名の方であろう。漫画家の「秋竜山」や「秋玲二」、アイドルの「秋ひとみ」や俳優の「あき竹城」にしてもみな芸名、ペンネームである。そして見つけたのは、事件の目撃者であり、この詞を書いた人物だろう。

 

「めかくしおにさん てのなるほうへ」

 

 「あき」は目隠しをされて、手の鳴る方へと誘導されてきたのだ。その後に起こることも知らずに。

 

「すましたおみみにかすかにしみた よんでるくちぶえ もずのこえ」

 

目隠しをされているから、音には敏感になる。呼んでいる口笛や百舌鳥の声が耳にしみる。百舌鳥は百枚の舌を持つと言われる。二枚舌どころではない。百舌鳥というのは、大した嘘つきという暗喩だろう。

 「あき」は恐るべき嘘つきに言葉たくみに目隠しをされて、部屋の中へと誘い込まれた。

 

「おへやはきたむき くもりのガラス」

 

 部屋は北向きの寒い部屋だ。曇りガラスだから外からは内部の様子が見えない。

 

「うつろなめのいろ とかしたミルク」

 

 しばらく経つと、曇りガラスの中で何かが起きた。おそらく「あき」がドサリと倒れる音がしたのだろう。目撃者は部屋に入っていった。目隠しを外すと、「あき」はすでに目がうつろになっていた。そばには溶かしたミルクのコップがあった。

 

「わずかなすきからあきのかぜ」

 

 部屋の隙間から秋風が入ってきた。「あき」の死を悼むように。

ではなぜ「あき」は死んだのか?

3番はこんな歌詞になっている。

 

「むかしのむかしの かざみのとりの ぼやけたとさかにはぜのはひとつ はぜのはあかくていりひいろ」

 

 一つの可能性として、この風見鶏がある。風見鶏は金属製であろうから、これで殴れば、ちいさい「あき」の命はひとたまりもない。長谷川きよしの歌った『南風』(作詞は山本清多)でも、風見鶏はブリキでできている。赤い櫨の葉というのは、風見鶏についた血痕の比喩なのかもしれない。

 しかし、殴った犯人はどこに消えてしまったのか。

 この歌詞には、部屋から出て行った人物の描写がない。密室とは書かれていないから、どこかに別の出口等がある可能性はある。あるのだが、視点となっている人物がそれに気づかないとは考えにくい。

 誰かが風見鶏で「あき」を撲殺した、という可能性は非常に低いのではないか。そうすると、「あき」はどのように殺されたのか?

 ここで気になるのが「溶かしたミルク」である。おそらく粉ミルクを溶かしたのだろう。この粉ミルクに毒物が入れられて、「あき」は毒殺されたのではないか?

 では犯人はどこにいたのか?

 この歌詞に出てくるのは、「あき」と、この事件の一部始終を見ており、この詞を書いたいわば目撃者である。他に人物がいない以上、「目撃者を疑え」というのがセオリーだろう。

 目撃者は、言葉巧みに「あき」を騙し、目隠しをした。そして部屋の中に入れた。部屋にはミルクがある。「あき」は部屋の中でそれを飲み、昏倒して死にいたる。

 しかし動機は?なぜ「あき」を殺さなければならなかったのか?この歌詞には出てこない。昏倒した小さい「あき」を、この詞を書いた人物は愛おしく思っているようだ。ではなぜ殺したのか?

 殺す気はなかったのではないか。

 この詞を書いた人物は、言葉巧みに「あき」を騙して目隠しをした。それを反省して、自分の声を「百舌鳥の声」と表現している。しかし、殺すつもりなどなかった。この人物は、溶かしたミルクを部屋に用意していた。おそらく、寒い部屋の中の「あき」を気遣って、温かいミルクを用意したのだろう。それを「あき」が飲むのを見届けて、何か用事で部屋を出た。戻ってみると、「あき」が死んでいた。

 誰かが粉ミルクに毒を入れたのだ。

 この詞をサトーハチローが公表したのは、1955年である。昭和史の年表を紐解くと、同年の大事件には「森永ヒ素ミルク事件」がある。森永の粉ミルクに毒物が混入して、多くの子供が被害を受けた。

 おそらく「あき」もその被害者の一人なのだ。ミルクにヒ素が潜んでいることを知らずに飲んで、命を絶たれてしまった。

 この詞を書いた人物は、自らの不用意さから図らずも「あき」を殺してしまったのであろう。しかし、毒物を入れた真犯人は自分ではなく、それは森永だ。そう告発したかったに違いない。しかし相手は大企業、犯人の名前を直接に書く訳にはいかない。それで様々な比喩でくるんで、考えないと事件の真相が分からないようにした。さらに無名の自分が発表しても世の中の注目は得られない。それでこの詞を有名な詩人であったサトーハチローに託したのだろう。

 ああ、かわいそうなあき・・・

 

 

風嫌い

風嫌い

  • 作者:田畑 暁生
  • 発売日: 2019/05/06
  • メディア: 単行本