『アベノミクスによろしく』『国家の統計破壊』を読みました。

明石順平『アベノミクスによろしく』集英社新書、2017年、同『国家の統計破壊』集英社新書、2019年を読みました。

 

 著者の明石氏は労働関係を専門とする弁護士。この2冊を読む限り、経済統計の扱いもプロ裸足と言える。

 前者は「太郎」と「モノシリン」の対話形式でアベノミクスを再検討するもの。アベノミクスは、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」を3本の柱とする経済政策で、ちょっと見には好いことを言っているように聞こえるが、実態は酷い失敗であると著者は告発する。

 「大胆な金融政策」を行うと皆が物価の上昇を期待するので、「貸し出しが増えて市中にお金が出回り」「消費も伸びて」景気が良くなると、アベノミクスでは主張した。しかし実際には資金需要がないためお金は市中に出回らず、物価は上昇したがそれは好景気によるものではなく増税と円安のためであったと、明石氏はデータから結論付ける。

 名目の経済成長率から物価上昇を差し引いた実質経済成長率を見ると、民主党政権の3年間(2009年から2012年)と比べて、第二次安倍政権の最初の三年間(2012年から2015円)は、三分の一しか成長していないことが分かるのだ(第2章)。賃金は伸びずに物価が上昇したため、国内の実質消費は戦後最悪の下落幅を記録する(第3章)。

 こうした不都合な真実を隠蔽するために、安倍政権は統計の改竄という禁じ手に手を染める。まず①実質GDPの基準年を2005年から2011年に変更し、②準拠する国際基準を「1993SNA」から「2008SNA」に変えた。②によって研究開発費などが加算されるが、さらに③「各種の概念・定義の変更」「推計方法の変更」(著者は「その他もろもろ」と呼んでいる)によって、さらなる嵩上げが行われ、しかも④1994年に遡ってGDPを全面改訂するという「歴史の改竄」まで行われている。これによって、2015年度の実質GDPは500.6兆円から532.2兆円へと大きく膨らんだ。著者の分析では、②による嵩上げ額も1994年度から2015年度まで緩やかに上昇しているが、③による嵩上げ額はさらに露骨で、2012年度までは2回の例外を除きマイナス効果となっているのが、第二次安倍政権では2013年度4兆円、2014年度5.3兆円、2015年度7.5兆円と、まさに安倍政権での「GDP水増し」を狙って行われたものであることが分かる(第4章)。

 第5章はGDP以外のアベノミクスの「成果」の検証だが、改善されたとされる雇用は実は「生産年齢の人口」や「高齢化」が主要因で安倍政権のおかげではなく、公的資金を株に投入して株価を釣り上げているものの暴落のリスクは大きく、円安誘導で潤ったはずの製造業でさえ実質賃金が低下したといった事実が示される。

 さらの第6章は著者の専門の労働者の生活に関わる事柄だが、成長戦略として提出された「残業代ゼロ法案」(「高度プロフェッショナル制度の導入」「企画業務型裁量性労働の拡大」)が、労働者を疲弊させ健康を損ねる危険があると指摘する。

 ここまではおそらく、読めば全員が納得する事柄であろうが、第7章については議論が残るところであろう。日銀による国債の大量買い付けによって維持されている現在の財政だが、いつか国債バブルがはじけ、激しいインフレが起きる可能性が指摘される。確かにこれまでの経済学ではこの考え方が主流であったろうが、財政赤字こそが国家に資金を提供する源泉であると主張するMMT(現代貨幣理論)を初め現在の経済学では、不景気の際にはむしろ財政を拡大すべきであるし、財・サービスへの需要は弱くインフレの危険がほぼないとする考え方も出ている。これらは人々の心理や考え方にも影響を受けるので、机上の理論だけで決着のつく問題ではないだろうが、著者は次著の『データが語る日本財政の未来』(集英社新書、2018年)では、財政に関する楽観論を戒めている。

 その次に出した本が後者、『国家の統計破壊』である。厚労省による基幹統計「毎月勤労統計」の2018年6月の速報値で、名目賃金が21年ぶりに3.6%の高い伸びと報道されたが、実は①「サンプルの一部変更」、②「ベンチマークの更新」、によって、実際より高く出るように操作されたものだった。①のサンプルの一部変更とは調査対象企業の標本の入れ替えだが、②のベンチマークの変更とは、従業員5-29人の中小企業の割合を、2009年経済センサスにおける43.9%から2014年の41,1%に変えたというもの。

 さらに、2004年から「全数調査であるはずの「従業員500人以上の企業」について、実は約3分の1しか調査していなかった」ことも判明した。この「復元処理」を2018年6月に行ったことも、名目賃金が上振れした要因であったことを、厚生労働省は隠していた。同月の賃金上昇2086円を要因分解すると、①が337円、②が967円、③が782円であったと、厚労省は修正した。要は改竄によって高い数値が出ていただけだった。しかも物価が上昇しているため、それでも実質賃金はほとんど上がっていない。安倍総理は「ニューカマー効果」(新しく労働市場に新しく参入する人がいると、それを含めた賃金平均値は下がる)を強調しているが、それが真っ赤なウソであることを著者は暴いている。3つの要因を考慮し、サンプルが共通の企業だけで算出する「参考値」での2018年実質賃金伸び率を厚労省はかたくなに公表しなかったが、著者の試算ではマイナス0.3%となった。厚労省はこの問題に関して「検討会」を設置し、著者も呼ばれて出席したが、2019年7月の選挙までこの問題を浮上させずに「やってる感」を出すだけの時間稼ぎであったと、著者は推測している。

 さらに第4章では「日雇外し」すなわち、「常用労働者」の定義から「臨時又は日雇労働者で18日以上雇われていた者」を外すことで、従業員5-29人の事業所の割合が減ったことが根本的な原因であることを著者は見抜くのである。この定義変更は、おそらく誰にも気づかれないように、細かな字で書かれていただけだった。なおかつ、常用雇用指数については遡及処理を行っている。そうしないと常用雇用者が減ったことになってしまうからである。要は都合のいいように数字を並べているのだ。

 第5章「誰が数字をいじらせたのか」では、統計改竄に関する政治家の関与を探っている。まず菅官房長官が、雇用統計の数字が落ちることについて、「問題意識を伝えた」とのボカした言い方だが、中江秘書官を通じて官僚に意見したことを認めている。そこで厚労省は、阿部正浩・中央大学教授を座長に「毎月勤労に統計の改善に関する委員会」を立ち上げたのだが、驚くべきことにこの委員会の反対意見を聞かずに、麻生財務相が「鶴の一声」で最終的な判断を行っているのである。厚労省は統計法に違反する事柄を自ら行っておき、統計委員会の西村委員長が国会に出てこないよう、「多忙のため国会審議に協力しない」旨のニセ文書を作って野党側に撒いていた。公文書偽造と言う他ない。

 第6章は、前者『アベノミクスによろしく』と近い内容をさらに更新したもので、「その他」を水増しする「ソノタノミクス」(著者の造語)によっていかにGDPや「家計最終消費支出」の数値が嵩上げされているかを詳述する。著者の議論に基づいて国会で質問した階猛氏に対する茂木敏光大臣の答弁は、論点反らしで不誠実極まりない。一言でいえば、供給側の数値のウェイトを上げ、さらに家計調査の質問項目を改訂(収入の記入を個人ごとにする、口座入金による収入を書かせる、ポイントを利用した場合にはポイント使用前の支払額を書かせる)といった手段で、額を水増ししているのだ。総務省統計局の阿向泰二郎統計課長(当時)は、エンゲル係数のばったもんまで案出している。立憲民主党小川淳也議員は衆議院予算委員会で、第二次安倍政権下で行われたGDPに関する「統計の見直し」が38件にものぼることを指摘している。

 第7章では、安倍総理の自慢する、アベノミクスの成果とされる数値を再検討している。まず「総雇用者所得の増加」だが、雇用者数の内訳で見ると、2012年から2018年にかけて雇用が大きく増えたのはまず医療・介護の125万人で、アベノミクスとは無関係。アベノミクスと多少とも関係あるのは、円安で恩恵を被る製造業と宿泊業だが、両者の雇用者像はわずかにすぎない。「就業者数の増加」にしても、アベノミクス以前の増加傾向が続いているだけ。株価の上昇は日銀と年金による買い支えであることは明白である。

 なぜこんな政権が続いていくのか。著者の答えは「小選挙区制」にある。民主党政権が「失敗」とされ、自民党民主党の悪口を言い続けているうちに、民主党を支持した人のかなりの割合が投票に行かなくなってしまった。著者は、野党は賃上げを争点に掲げるべきだとする。

 統計は国家を映し出す鏡である。しかし安倍政権はその鏡を歪ませることを覚えてしまった。官僚は出世のために政権に忖度する。そんな中「統計委員会」は気概を示せるだろうか。データアナリストが花形の職だとしても、肝心のデータが滅茶苦茶にされていてはどうしようもないだろう。

 

https://www.amazon.co.jp/dp/4797680385/akehyondiary-22