人体実験の哲学

先月に触れたシャマユーの博士論文
ふだんの生活で意識することはあまりないけれど、私たちが享受している医療の進歩の影には、人体実験に供された多数の人々がいる。本人が納得しているならまだましだが、必ずしもそうとは限らない。本書は、そのような医学の裏面に焦点を当てた本。死刑囚や奴隷など、「卑シイ体」と見なされた人々の身体が、様々な実験にさらされてきた。そのありさまを丁寧に描き出す。
例えばリヨンのランティカイム医療施設に収容されていた10歳の子供が、梅毒の実験に使われた。子供を使ったのは、経過観察のためには、これまで性行為をしたことがない体が必要であったからという理由である(p.327)。
また、人種差別論者は、白人と黒人を全く違った人種として扱いながら、こと人体実験になると黒人を使い、その結果を利用していた。つまり、人種差異論は全くの欺瞞であったのである(p.410)。
訳者の加納氏は「訳者あとがき」の中で、この論文がフーコーによる「二項対立図式」からの訣別を図る、エポックメイキングな論文であることを強調している。フーコーが二公対立図式の枠内で思考していたかどうかは、数多の「フーコー学者」からすると議論があるところだろうが、本書が大変な労作であり、かつ、一時代を画する書物であることは疑いないと私も思う。
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{book]植物は未来を知っている

正直なところ、私は植物への関心の薄い人間で、私の母は花好きでいろいろなことを教えてくれたのだが、さっぱり頭に残っていないほどだった。
 本書を読んだのもたまたまなのだが、読み始めて興奮した。とにかく面白いのである。植物の持つ様々な能力が、美しい写真とともに解説してある。章題を紹介すると、「記憶力」「繁殖力」「擬態力」「運動能力」「動物を操る能力」「分散化能力」「美しき構造力」「環境適応能力」「資源の潤環能力」となる。これだけでもワクワクしませんか?
 たとえばオジギソウの記憶実験。鉢植えのオジギソウを落下させると、最初のうちは葉を閉じて反応するのだが、七、八回も繰り返すと、もう閉じなくなる。安全だからわざわざ閉じませんよ、というわけだ。
 ハマミズン科のリトープスという植物は、石に擬態する。地中に暮らし、葉だけが地面の上に出るのだが、その葉が完璧に石を擬態しているのだ。もちろん捕食されないために。
 著者は、人間が植物から学べることは多いとする。例えば建築の分野ではすでに、オオオニバススイレン科の植物で、人間が乗っても沈まない大きくて丈夫な円い葉を水面に浮かべる)を模して作られた建築物が作られている。
 著者はイタリア人の植物学者。第8章では無重力実験に参加した際に、著者の犯した失敗談が赤裸々に語られていて笑ってしまう。
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インビジブル・ゲスト

最近は忙しくて映画館に行くことはむろん、DVDを自宅で見ることもなかなかできないが、やっと時間を作ってミステリー映画をひさしぶりに見た。これは当たりだった。密室に愛人の女性の死体と二人きりでいるところを発見された男性。彼は犯人なのか?何者かによる罠なのか?弁護士との対話から真相が探られて行く。
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VRは脳をどう変えるか?

著者はVR研究の第一人者で、フェイスブックザッカーバーグも著者の研究室を訪れてVRシステムを体験した。私は実際に本格的なVRシステムを自ら体験したことはないが、本書を読むだけで、それがいかに臨場感があり、有効(危険な任務のシミュレーションや、やけどの痛みから気を反らすことなどに役に立つのである)かつ危険(VR酔いを起こしたり、仮想の危険にパニックを起こしたりする)なのか、まさに仮想体験ができる。VRの今後を考えるのには欠かせない一冊と言える。

VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学

VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学

[book}ドローンの哲学

著者はフランス人で、原題は「ドローンの理論」。ここで言うドローンは、観光地の撮影といった牧歌的な用途のものではなく、軍隊が敵国で殺傷を行うために飛ばす兵器としてのドローンである。そうした兵器を使うことには倫理上どんな問題があるのかという厳しい問いかけが本書のテーマ。もちろん簡単な結論などあろうはずもないが、著者が真剣に問うていることは表現の端々から伝わってくる。
 例えば、ドローンを使って殺傷する兵士を讃えるために、彼らは自分の命を危険には晒していないが、PTSDなどの深刻な精神疾患に陥る危険があるから英雄なのだ、とする論があるらしい。そんなのは嘘だと著者は一蹴する。

ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争

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