テクノサイエンス・リスクと社会学

科学社会学の日本での第一人者の一人であり、東大教授である松本三和夫氏の著作。科学社会学に関する理論的問題を追究したもので、SSK(科学知の社会学)とANT(アクター・ネットワーク理論)との論争など、面白くもあるが、「ああでもない、こうでもない」になりやすく、どちらかと言えばやはり具体的な事例を扱った部分の方が面白い。本書で言えば、日本における風力発電の経緯を概説した第3章の「4」の個所。風力発電があまり役に立たないという神話がいかに形成されたか、そして、そうした神話と無縁だった三菱重工が風力タービンで成功したのに、日本では売れず、むしろ海外から多数の受注を受けた経緯は興味深い。
多数の文献が参照されているが、これについては読んでいない文献が多数含まれているのではないかとの疑惑を感じる。なぜかというと、私の専門である情報社会論に関する文献が、非常にいい加減に扱われているからだ。具体的には第1章の注31。この個所で松本氏は本文で「産業化論の変種のポスト産業社会論、情報化社会論も含め、いずれも「科学と技術革新の新しい融合、体系的に組織された技術の成長」が実現するのが大方の見方であった」とし、その文献注にダニエル・ベルの「脱工業社会の到来」を初め、マッハルプの「知識産業」、林雄二郎の「情報化社会」、アラン・トゥレーヌの「脱工業化の社会」Lucianokatz「Information Society」、Castells「The Rise of the Network Society 」と列挙しているが、これらの文献を実際に読まれた人なら分かるように、これらを十把ひとからげに「科学と技術革新の新しい融合」や、「体系的に組織された技術の成長」を論じた本ということはできない(詳しくは拙著『情報社会論の展開』北樹出版を参照)。ここで許しがたいのは、松本氏が、Katzの名前を、Lucianokatzと誤認していることだ。Katzの名前は、Raul Luciano Katzで、Lucianoはミドルネームなのである。カッツの本を本当に読んでいたら、こんな珍妙な間違いをするはずがない。巻末の文献までLucianokatzとなっている。このことから私は、松本氏がKatzの情報社会を読んでいないのではないかと判断する。他の個所は専門外なので判断できないが、同様に読んでいない本のタイトルだけ積み上げて、文献の水増しを図っているのではないか。337ページから362ページまで文献一覧が続き、そのほとんどが洋書というのは、一種の「見栄」なのではないか。
テクノサイエンス・リスクと社会学―科学社会学の新たな展開