公共社会学 1

「まえがき」によると本書は、東大の社会学研究室で10年にわたって行われてきた共同研究の成果であり、また、科学研究費基盤研究A「ジェンダー、福祉、環境、多元主義に関する公共性の社会学的総合研究」の報告書としての性格も持つものらしい。科研のデータベースを見る(http://kaken.nii.ac.jp/d/p/16203030.ja.html)と、この科研は上野千鶴子氏を代表に、盛山和夫武川正吾、松本三和夫、吉野耕作といった東大教授5人が関わり、合計4550万円の研究費を受けている。こうした漠然としたタイトルの研究で、基盤研究Aが受けられるというのは、本当にうらやましい。やはり東大教授という肩書きは、研究費獲得に有利なのではないかと思ってしまう。それは、肩書きという威光のせいなのか、それとも審査員と近いという人脈のせいなのかは、私には分からないが・・・
さて本書の目次は以下の通り。
? 公共社会学の理論
 1 公共社会学とは何か     盛山和夫
 2 公共性の歴史的転換     佐藤健二
 3 信頼と社会関係資本     瀧川裕貴
 4 システム合理性の公共社会学 三谷武司
 5 責任の社会学        常松 淳
? 市民社会の公共性 
 6 実践知としての公共性    似田貝香門
 7 市民的公共性と芸術     宮本直美
 8 多民族社会における高等教育の公共性 吉野耕作
 9 世俗社会における宗教と公共性 飯島祐介
 10 現代中国における儒学的公共性 李永晶
? テクノサイエンス・リスクのゆくえ
 11 テクノサイエンス・リスクと知的公共財 松本三和夫
 12 原子力発電所をめぐる公共性と地域性 寿楽浩太
 13 ダイオキシン論争の分析   定松 淳
 14 環境問題における批判的科学ネットワーク 立石裕二

どのような論文集でも概してそうだが、本書も、大御所が「手馴れた手付き」で書いた論文よりは、若手が力を傾けて書いた論文の方がおもしろい。本書でも、東大教授や元東大教授の書いたものは、得られるものが少ない。カラ出張による研究費のネコババで話題になった似田貝氏も書いているが、いったい何のための文章なのか畢竟わからなかった。
 私が興味深く読んだのは、5章や7章、13章。特に13章の、定松氏によるダイオキシン論争の分析には考えさせられた。ダイオキシンについては、中西準子氏らによる研究で、喫煙等と比べて害が少なく問題にするに値しないという評価が一般化している(私もそう思っていた)が、それを問い直すもの。中西氏らは、その物質への被曝による余命の現象を数値化しているが、そこに罠はないのか。例えば、繁殖機能の低下などの要素は取り上げる必要はないのか、また、ハイリスクグループについてはどうかなど、鋭く問いかけている。
公共社会学1 リスク・市民社会・公共性

岩波映画の1億フレーム

今日取り上げるもう1冊の本も、東大の教員が中心の科研(基盤研究B「記録映画アーカイブに見る戦後日本イメージの形成と変容」http://kaken.nii.ac.jp/d/p/22330146.ja.html)を基にした東大出版会の本、という点では前著と共通している部分があるが、本書の執筆者は学者ばかりではなく、実際に岩波映画の制作に携わっていた作り手や、それを教室で利用していた受け手なども含まれていて、より重層的と言える。岩波映画が作った科学映画や教育映画、政治啓蒙映画などについて、経験的に捉える文章が多く、特に『佐久間ダム』については、町村敬志氏(『開発主義の構造と心性』)などが詳しく論じている。記録映像についても具体性に即した文章が面白いのであって、佐倉統氏のゆるく一般化された科学映像論などは、要らない。
岩波映画の1億フレーム (記録映画アーカイブ)