加藤哲郎・一橋大学教授の著作。専門書というより一般書という位置づけだろう。大きく、序論、第一部、第二部と分かれている。情報概念などを論じた序論は、割と長いけれど、専門家の私からするとはっきり言って床屋談義のようなものだ。だいたい情報概念について、ネットに挙がった孫引きの定義から論じようという姿勢が間違っている。情報概念が多様なのは、その拠って立つ学問的基盤や文脈と切り離せないからで、それを定義だけ切り取って並べてみたところで、それこそ「カット・アンド・ペースト」による学生のレポートと大同小異だ。
第一部はインターネット時代の政治を論じるものだが、これもどこかで聞いたような議論が並んでいるだけで関心しない。
最も読み応えがあるのは、ネグリ&ハートの「帝国」や「マルチチュード」について論じた第二部で、私が編集者なら他の内容の薄い部分は削除してここだけで一冊にする。レギュラシオン理論や、グラムシとの比較を入れながら、「帝国」概念の射程と限界を論ずる。ここだけでいい。
語学力ゼロで8ヵ国語翻訳できるナゾ
翻訳は儲からない。私自身何冊かの訳書を出しているが、せいぜい本代の足しになるくらいだ。
しかしこの著者はすごい。まずその大胆かつエネルギッシュな姿勢に感嘆させられる。タイトルの「語学力ゼロ」というのは誇張だが、ほとんど経験がないのに、23歳で、乳呑み児を抱えながら、翻訳の会社を作ってしまう。それも、文系出身であるのに特許などの技術翻訳の会社である。専門書を買い揃え、インターネットを駆使し、分からないところは人に聞きながら、どんどんと仕事を受注。仕事の大半は英語との翻訳だが、第二外国語で少し勉強したことのあるフランス語だけではなく、全く経験のないドイツ語・イタリア語など全8ヶ国語の技術翻訳をまさにOJTでこなして行くのだ。
単語を覚えるよりも、論理的思考力の方が翻訳には必要だと著者は主張する。また、文科系であっても技術翻訳ができないことはなく、むしろ日本語力が重要だとも。パソコンやネットを多用した具体的なスピードアップのノウハウについてはここでは書かないけれど、なるほどと思うことばかり。これなら翻訳も儲け仕事になる。ただ、あくまで技術翻訳に向いたやり方で、文芸書や学術書にはそのまま応用できないところもあるが。