兇の風景2 初めての兇同作業

都心にある高級ホテルの広間の一室で、華やかな結婚披露宴が行われていた。新郎新婦は神妙な面持ちで金屏風の前に座り、およそ百名の来場者が各テーブルに分かれて着席していた。
 胸にピンクの薔薇の造花をつけた若い女性の司会者が、横のマイクスタンドに立ち、涼し気な声を上げていた。

「本日は、御足下の悪い中、新朗・鈴木勝郎さま、新婦・佐藤雛子さまの結婚式に足をお運びいただきまして、まことにありがとうございます。ワタクシは、僭越ながら本日の結婚式の司会を務めさせていただきます、当式場所属の三島と申します。短い間ではございますがよろしくお願いいたします」
 
 司会者はいったんそこで言葉を切ると、手元にアンチョコを取りだした。

「新郎の鈴木さまは、関東医大を優秀な成績で御卒業後、現在は皮膚科の専門医として、健生会記念病院にお勤めです。周りの同僚からの信頼も大変厚いと伺っております。新婦の雛子さまは英智短大を優秀な成績で御卒業後、さくら航空に客室乗務員として勤務されています。御医者さまとスッチーという、うらやましいカップルです。ということなので、御客様も医者とスッチーだらけ。まるで合コン状態です」

 客席から笑いが起きる。

「御客様の中で、お医者さまはいらっしゃいませんかー。御医者さま、手を挙げてくださーい」

 新郎側友人から、多くの手が上がった。

「おお、すごい。ちょっと遊んでみたくなりました。御客様の中で、独身のお医者さま、手を挙げてくださーい」

 20人くらいの手が上がる。

「新婦の友人側からの視線がすごいですよ(笑)。それでは、独身のお医者さまの中で、国立大学出身の方」

 半分くらいが手を下したが、まだ10人くらい残っている。

「おお、優秀な人が残っているのかな。それではそれでは、独身で、国立大学出身で、お父様もお医者さまという方、手を挙げてください」

 数人、手を下ろした。

サラブレッドが残りました。それではその中で、オレは10人以上、女性を抱いている、と言う方」

 一人手を下したが、まだ5本の手が上がっている。

「さすが、サラブレッドで優秀で、プレイボーイが残っています。じゃあ、20人以上という方」

 一人手を下したが、まだ4本の手が上がっている。

「すごいですねえ。じゃあ、50人以上という方」

 3本の手がすっと下ろされたが、まだ1本の手が上がっている。場内からは笑い声が各所で上がっている。

「今手を挙げているかた、どうぞこちらにいらしてください。どうぞ」

 拍手に包まれながら、男は司会者のそばまでやってきた。

「おめでとうございます」
「えっ」
「あなた、今日の主役ですよ。新郎新婦から、主役の座を奪ってしまいました」

 新郎友人側から、「このプレイボーイ」などといった歓声が上がる。

「自己紹介をお願いします」
「健生会病院麻酔科の常田健一です。新郎の同僚です」
「やっぱりそうだったのですね、私に見憶えはありませんか」
「どこかでお会いしましたか」
「会ったことはありませんが、見憶えは?」
「えっ?」
「私、あなたに捨てられて自殺した、三島静子の妹です。あなたの名前を会場で見て、待ち構えていましたの。
 プレゼントがあります」

 司会者はマイクを置き、胸元から静かに刺身包丁を取り出すと、あわてて逃げようとした男の腹にやにわに突き刺した。

「死んでもらおうとは思いません。この会場にはお医者さまがたくさんですから、命は助けてもらえるでしょう。ただ、痛い思いをして欲しいと思いましたの」

 司会者は、包丁を腹から抜いた。潜血がほとばしり、檀や屏風にかかる。司会者は包丁を落とすと、マイクを握った。

「御客様の中に、弁護士さまはいらっしゃいませんか、私を助けて下さる、弁護士さまはいらっしゃいませんかー」

「いらっしゃいませんか。御姉ちゃん、見てる?これ、御姉ちゃんとの、初めての兇同作業だよ」

 茫然としていたホテルの従業員が彼女を取り押さえた。男の周りに医者たちが集まる。