分離脳学部にて

    「20世紀に悪名を馳せた医師といえば、ナチスのヨゼフ・メンゲレに次いで、このウォルター・フリーマンの名が挙がるに違いない。フリーマンが改良し世に広めた「ロボトミー」という手術は、この開発から70年、消滅から四半世紀を経てもなお、人々の心にこの上なく悪いイメージをもって焼き付いている。」
     ジャック・エル=ハイ『ロボトミスト』ランダムハウス講談社、p.007.


 JRのR駅から乗った昼ひなかの市バスは混んではおらず、立っている者はいなかったが、学生や買い物帰りの主婦など、ある程度のお客を乗せていた。10分ほど乗ったところで、「次は、K大分離脳学部前です。お降りの方は、ブザーでお知らせください」録音された女性の声が響き、その時ちょうど上り坂を喘ぎながら登っていたバスが、大きく右へと向きを変えた。
私はブザーを押し、バスが停止した。

分離脳学部の建物を見つけるのは、人間のむきだしの脳を象ったそのあまりにも特異な外観から容易だった。さらに建物の上には、アドバルーンらしきものが上がっていた。アドバルーンといっても、よくある球状のものではない。民芸品にありそうな、大きな丸い目をした怪物が、ベローンと真っ赤な舌を下に垂らしているという、奇妙なものだ。
分離脳学部。右脳棟と左脳棟が、廊下で結ばれた構造だ。私は一階の受付に行き、N教授にアポを取ってあることを告げた。受付嬢はN教授に電話を掛け、何か話していたが、やがて、「では研究室へどうぞ。3階の奥です」と言われた。

3階まで階段で上がる。学生たちもおらず、静かだった。どこからか薬品のにおいがした。教えられた通り、廊下の奥に、N教授の研究室があった。
ノックした。
「どうぞ」
意外に若い声がした。中に入った。
N教授の風貌は、ホームページで既に知っていた。細面で、鼻が高い。髪はやや薄く、その代わりに豊かなあごひげを蓄えている。年齢はもう50代だろう。
「お話はメールで伺いました。記憶を消したいと」
「そうなんです。それをしてくれるのはここだけと伺いまして」
「費用はかかりますよ。保険適用外ですから」
「分かっています。私は親不孝者で、親の遺産で食っているので大丈夫です」
確かに親不孝者だ。私は血を分けた弟をこの手で殺しているのだから。そして、その記憶を消しにここに来ているのだから。
私と弟はよく似ていた。年は二つ離れていて、幼い頃はケンカをしても私が勝ったが、大人になると弟の方が強くなった。頭の出来に大した差があるわけではないと思いたいが、弟の方が良い大学に入った。
面白くなかった。
外に出たがらない点も、私と弟はよく似ていた。
それでも両親が生きていた頃は、家族4人で旅行にもいったし、それなりにレジャーも楽しませてもらった。
両親が交通事故で逝ったのは、私が大学3年、弟が大学1年の時である。その時はショックであったが、父はたっぷり財産を遺してくれていた。そうすると現金なもので、金があって自由という暮らしに慣れた。特に贅沢をするわけではなかったが、好きなものを食べ、好きなものを買い、好きなように生きた。
邪魔なのは弟だった。
とはいえ、弟を殺したいと意識していたわけではない。例えば弟があの家を出て行きたいと言えば、私は喜んで送り出したろう。悲劇だったのは、私も弟も、家を出て行く気がまったくなかったことだ。
二人は互いを目ざわりに感じ、よくぶつかった。食事の時間をずらしたつもりで、しばしば台所で鉢合わせした。
あの日・・・
あの日は、しばらくぶりの大げんかだった。もうきっかけも覚えていないが、私も弟も本気になった。私は、弟にやられかけていた。そして・・・
気が付くと、首を絞められた弟が死んでいた。外部から人が入った形跡がないから、私が殺したに違いない。
私はあわてた。弟の死体を、庭に深く穴を掘って埋め、警察には「失踪した」とウソをついた。警察は、特に疑わなかった。他にもっと面白い事件や、難しい事件を抱えていたのかもしれない。
私と同じように弟も、交友関係は狭く浅かったようで、失踪したからと言って家を訪ねてくるものもいなかった。私は、自分で殺しておきながら、弟をかわいそうに思った。

それ以来、折にふれて夢の中に弟が現れた。忘れようとしても、忘れられるものではない。その苦悩は顔に出るのか、ふと入った酒場のマスターから、
「お客さん、忘れたいことがあるんじゃないですか?」
とまで訊かれる始末だった。
「ああ、忘れたいことがあるんだよ。分かるかい」
「そうですか、いいところがありますよ。忘れたいことをきれいに忘れさせてくれるところが」
「へえ。娼館か何かかね?」
「そんなんじゃありません。本当にですよ。K大学の分離脳学部です。いやな記憶を綺麗に脳から取り去ってくれるという話ですよ」
「本当かい?」
「ええ。ここに電話してみてください」
いまどきメールでなく電話かと訝しくも思ったが、藁にもすがる思いで連絡し、そして、いまここにいるというわけだ。費用は、一般からしたらべらぼうな金額だったけれど、私には払えない額ではない。

「変でしょ?この建物」N教授は言う。
「ええ、おもしろいですね」
「この大学は、日本におけるロボトミー手術の拠点だったんですよ。だからこんな派手な建物も作った。しかし、ロボトミーの評判が悪くなると、医学部から分離されてしまった。それで、『分離脳学部』と名乗っているというわけです。こんな名前の学部は、うちの大学だけなんですよ」
「そうらしいですね」
「それで、忘れたいことがあると」
「はい」
「何を忘れたいんですか?」
「・・・」
「医者には患者の秘密を守る義務がある。何でも話してください」
「実は人を、弟を殺してしまって。うなされるのです」
「ははあ、そういうことですか」
「これをお話するのは、先生が初めてです」
「そうでしょうな」N教授はなぜか微笑した。「あ、手術の前に、次回の予定を決めておきましょう。予後が悪いと困りますから。手帳か何かお持ちですか?」
「ええ、持っています」
「来週の予定はいかがですか?今と同じ、火曜日の午後2時は空いていますか?」
「空いています」
「ではそこにしましょう。K大学分離脳学部、Nに面会と、書いておいてください。ペンはお持ちですか?」
「あります、あります」
 私は言われた通り、来週火曜日の欄に、「午後2時、K大学分離脳学部、N教授に面会」と書いた。N教授はそれを確かめると、
「では、こちらにおいでください。さっそく手術をしましょう」と、私を手招きした。

 招きいれられたのは、研究室の隣にある手術室だった。2人の若い看護婦が待機していた。ベッドがあり、その横には何やら大袈裟な医療機械があり、4面のモニター画面が付いていた。
「靴を脱いで、そこへおやすみ下さい。」


 私は眼をさました。
 ふと、ここはどこだろう、と思った。思い出した。分離脳学部という奇妙な名前の建物である。しかし、ここに何をしにきたのだろう。
 頭が痛い。
 看護婦がやってきて、私の心を見透かすように言った。
「鏡をごらんください。頭に包帯が巻かれていますね。あなたは手術を受けたのです」
「何の手術ですか?」
「その内容はここではお話できません。費用が○○万円です。高額と思われるかもしれませんが、手術前に同意済みです」
 看護婦の持ってきた書類にサインし、私はいつも使っているカードを出した。
「ええと、もう帰ってもいいのですか?」
「大丈夫ですよ。帰りの道は分かりますか?」
「ええ、分離脳学部前からバスに乗って、JRのR駅でしたね」
 看護婦は頷いた。

 JRのR駅から乗った昼ひなかの市バスは混んではおらず、立っている者はいなかったが、学生や買い物帰りの主婦など、ある程度のお客を乗せていた。10分ほど乗ったところで、「次は、K大分離脳学部前です。お降りの方は、ブザーでお知らせください」録音された女性の声が響き、その時ちょうど上り坂を喘ぎながら登っていたバスが、大きく右へと向きを変えた。
私はブザーを押し、バスが停止した。

分離脳学部の建物を見つけるのは、人間のむきだしの脳を象ったそのあまりにも特異な外観から容易だった。さらに建物の上には、アドバルーンらしきものが上がっていた。アドバルーンといっても、よくある球状のものではない。民芸品にありそうな、大きな丸い目をした怪物が、ベローンと真っ赤な舌を下に垂らしているという、奇妙なものだ。
分離脳学部。右脳棟と左脳棟が、廊下で結ばれた構造だ。私は一階の受付に行き、N教授にアポを取ってあることを告げた。受付嬢はN教授に電話を掛け、何か話していたが、やがて、「では研究室へどうぞ。3階の奥です」と言われた。

3階まで階段で上がる。学生たちもおらず、静かだった。どこからか薬品のにおいがした。教えられた通り、廊下の奥に、N教授の研究室があった。
ノックした。
「どうぞ」
意外に若い声がした。中に入った。
N教授の風貌は、ホームページで既に知っていた。細面で、鼻が高い。髪はやや薄く、その代わりに豊かなあごひげを蓄えている。年齢はもう50代だろう。
 
「あなたはなぜここに来たか分かりますか?」
 N教授が私に尋ねた。
「それが、分からないのです。手帳に面談と書いてあったので、伺ってみたのです」
「そうですか」N教授は大きくうなずいた。
「あなた、記憶に欠落がないですか?」
「あります、あります。何か大事なことを、忘れてしまった感じがするのです」
「思い出したくありませんか?」
「思い出したいです」
「そうですよね、では手術をしましょう」
「今すぐにですか?」
「すぐにです。あなたはこれもお忘れかもしれないが、実はあなたには何度も相談を受けていたのです。大事なことを忘れた気がするから、思い出したいと」
「それで手帳に面談の日が・・・」
「そうです。今日がその手術の日なのです。ではさっそく始めましょう。あ、費用のことは聞いていますかね。保険は利かないので、かなり高額ですが、大丈夫ですか」
「私は親の遺産で遊んで暮らしているので、それは大丈夫です」
「じゃあさっそく始めましょう」
 招きいれられたのは、研究室の隣にある手術室だった。2人の若い看護婦が待機していた。ベッドがあり、その横には何やら大袈裟な医療機械があり、4面のモニター画面が付いていた。
「靴を脱いで、そこへおやすみ下さい。」