甲骨文字小字典

著者はまだ30代だから、文字学者としては若手と言ってよいと思うけれど、既に何冊も著作を出し、遂に字典まで出している。皮肉でなく立派だ。本書は、甲骨文字の研究成果を生かして、教育漢字のうち甲骨文字にあるものについて、その字源を解説したもの。白川静、加藤常賢、藤堂明保の説でも、間違っているものは間違っているとはっきりと言明し、分からないことは分からないと述べる姿勢が好ましい。日本の甲骨文字研究は、確かに進歩していると感じる。
もし白川静の最大の功績が「口(サイ)の発見」だとするなら、著者の功績は、今日のタイトルにも書いた「厂(セキ)の発見」だと思う。つまり、他の学者が「厂」をがけ(崖)の象形だとするのに対して、著者は「厂」を、石磬(せきけい)という三角形の石製打楽器の象形とするのだ。これに「口(サイ)」を足したものが「石」であり、「厂」が石の初文で、セキ・いしだとするのである。「反」は、石製の武器を手(又)に取って反乱する意味、とする。それだけではない。「席」(セキ)の字も「石」から分化した形に、「巾」を加えたものだとする新説を出している。さらに、「宿」も「百」ではなく、「イ+席」が元の形だとするのだ。「辰」についても、旧来の「貝殻から肉が出ている象形」ではなく、「厂」を含む石製の農具という新説を提出する。
他にも、例えば「家」の音がなぜ「カ」なのかについて、元はうかんむりの下が「豭」(カ)であったから、という明快な説を提出している。
甲骨文字小字典 (筑摩選書)